銅像がそこにある事事態知らない人も多いと思いますが、実はあの銅像はラッキーグループ創始者

川添福一の像なのです。創業者川添福一について語らせて下さい。

川添福一は明治41年に大村市松原に生まれ、昭和9年川添トラックを創め、同18年国策による統合会社、佐世保貨物自動車運送㈱の代表取締役となり、戦時下の困難な状況下にあって輸送の大任を果され、多くの運輸事業を興し公共輸送機関としての責務を遂行。昭和24年社団法人佐世保自動車協会設立、会長となり業界の指導育成に当たり、特に昭和25年業界がその必要を痛感していた車両検査場を設置し昭和43年長崎県陸運事務所佐世保支所の誘致を達成(佐世保ナンバーができた)。業界発展の基礎を築いた。「自動車に始まり自動車に終る」ことを生涯の信念とし長崎県交通安全協会会長、子供を守る協議会会長など社会福祉にも多大な貢献をした。~日本赤十字社を始めとし、老人施設、小中学校への多額の寄付、火災で焼けた学校への復旧に至るまでの支援、各学校へ多額の浄財の寄付、プール建設・図書館の設立・樹立、ピアノを始めとして数々の教育品の寄付等々~、

これらの功績に対し運輸大臣、警察庁長官、社会福祉関係の各方面から表彰状が贈られ、三度の叙勲の受章。

そして自動車業界の発展と地域社会の福祉に貢献した功績により勲四等旭日小綬章受章の栄与に浴された。

佐世保市でラッキーグループを創業した川添福一の長男川添一巳氏、昨年9月に永眠。

ラッキー自動車入社後、87年に代表取締役に就任し県内最大手に成長させ、長崎国際観光コンベンション協会会長なども務め、長崎観光の発展にも尽力し続けた。

昨日、長崎ラッキー自動車の会長の精霊船が親族、社員140人の手で送られました。

3連の全長21メートルの大型船で、ちょうちんにはラッキーウサギの絵、まといはお馴染み赤白ラッキータクシー形と観光バス形、皆が着用のはっぴもラッキーウサギをあしらい、赤白ラッキー色。

ラッキー自動車を全面に出した賑やかな精霊流しとなりました。

*長崎ラッキー自動車駐車場で準備中の精霊船の様子。

 

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